岩坂彰の部屋

第32回 太陽光は再生できない

標題のとおり、当たり前です。太陽光から電気を作ったら、その電気でまた別の太陽ができるとか、核融合反応を起こせるとかいうのなら「再生可能」と 言えますが、そんなことはありません。太陽光エネルギーは太陽が燃え尽きたら終わりです。その点では化石燃料と同じ。ただタイムスパンが全然違うだけです (石油は数十年、太陽は数十億年)。

だから太陽光発電もエコじゃないとかいう話ではなくて、あるいは「renewable→再生可能」の誤訳をあげつらおうということでもなくて、こういう言葉を使い続けるメディアの、というか私たち自身の問題点を、今回は考えてみたいと思います。

なぜ修正されないのか

そもそもrenewという英語は「再生」よりも幅広い概念です。切れた電池を入れ替えるのはrenewですが、べつに電池を再生しているわけではあ りません。最初にrenewable energyを「再生可能エネルギー」と訳した状況がどうだったのか分かりません。その文脈では適切だったのかもしれませんし、内容の理解不足による誤訳 だったのかもしれません。いずれにせよ問題は、その後この言葉が一般化し、太陽光や風力、地熱等々の発電がメディアに報じられるようになったとき、なぜこ れらの「ほぼ永続的に利用できる」けれども「それ自体が再生するわけではない」エネルギーを再生可能エネルギーと呼び続けたのかです。

90年代から報道翻訳の片隅で活動してきた私は、エネルギーのrenewable を「持続的利用可能」または「リニューアブル」と訳し続けてきました。この問題について指摘する人もウェブ上に散見されました。英語でもしだいに renewableではなくalternativeやsustainableという表現が使われるようになっています。それでも、いまだに多くの日本のメ ディアで太陽光は再生可能エネルギーと称されています。

こんなのはただ言葉の定義の問題だとお考えでしょうか[注1]。実用上困ることはないし、細かいことにこだわりすぎだ、と。私はそうは思いません。私はここに、集団的な甘えのようなものを感じるのです。特定の人々による意図的な企みとかではなく、私たち自身の、何となく引っかかるけどまあいいか、という気分の問題といいましょうか。

「再生」という言葉は「リサイクル」をイメージさせます。「リサイクル=エコ」です。「再生」という言葉を使うことで、直接的にエコなイメージが思い浮かぶはずです。だから「代替エネルギー」よりも「再生可能エネルギー」のほうが印象がいいじゃないか、ということですね。

たしかに石油を燃やすよりは太陽のエネルギーを利用可能なエネルギー形態に直接変換するほうが地球環境に及ぼす影響は小さいかもしれません[注2]。 その意味では、エコなイメージは間違っていません。けれども、そういう言葉遣いを許すことが、たとえば「核燃料サイクル」というような表現を許す土壌を生 んでいると思うのです。この半年で広く知られるようになったことですが、核燃料サイクルは、実はサイクルしていませんでした。

かつて教科書会社に勤めていた身としては、正直、こういう言葉を受け入れてしまう気持ちはよく分かります。再生可能エネルギーにしても、核燃料サイクルにしても、お役所が正式に使っている用語です[注3]。公式なものに準拠することで統一性が図れ、誤解を生じないというのが表向きの理由になります。それはある程度事実ではありますが、本心を言うと、そこに準拠していれば無難だ(問題視されても言い訳ができる)という気持ちのほうが大きいのです。

翻訳者として意識すべきこと

このコラムの読者の中には、いわゆる下訳的なお仕事をされている方がいらっしゃるかもしれません。下訳の場合は、そういう無難志向が働きがちです。 私にも経験があります。けれども、そういう状況でちょっと頑張って、監訳者に、あるいは編集者やコーディネーターに、これがなぜ再生可能ではないかという 注意書きを簡単に付けてやるということをしてみていただきたいと思うのです。それが、言葉を守り、社会にごまかしを許さないことにつながっていくはずで す。

実情としてはそういうことが難しい場面が多いとは思いますけれども。むしろ、監訳者や編集者の側が、そういう問題点を吸い上げる道筋をつけておくということのほうが先かもしれません。

再生可能エネルギーという訳語が最初に現れた時代と違い、ウェブ上に自分の責任で訳文を掲載するというケースも多いと思います。そういう場面では、 既成の訳語がおかしいと思ったら、正しいと思う訳語を使ったらいいのです。統一性や誤解の問題に対しては、既訳語や原語を括弧で併記するというような対策 をとればいいわけです。そうやって、ある程度のばらつきをもったまま、多くの人が適切と考える訳語に収束していく、というのがウェブ本来の思想に即したあ り方だと言えましょう[注4]

(初出 サン・フレア アカデミー e翻訳スクエア 2011年10月24日)